今日は何の日 10月

●メルマガのオマケでその日の記念日記事を書いているのですが、その部分だけをまとめてみました。
気楽な読み物として楽しんでいただければ幸いです。


10月1日 日本酒の日 
1978(昭和53)年全国酒造組合中央会が制定。 酒壺を表す「酉(とり)」の字は十二支の10番目で、 かつて酒造年度が10月1日から始っていたことから。(現在は7月1日) 西暦200年代に書かれた「魏志倭人伝」に日本人の飲酒の記述があり 奈良時代の書物「播磨風土記」には、「神に備えた糧が枯れ、 かびが生じて酒が醸された」という記述がある。 平安初期にはすでに現代とほぼ変わらない製法が確立、 室町時代には、絞った酒を加熱殺菌し酵母の働きを止めて 香味の熟成をはかる「火入れ」も行われていた。 日本酒は米を発酵させて作られる醸造酒で、種類としてはワインと同じ。 ブドウは糖分があり天然の酵母を持つので絞っただけで酒になるが、 日本酒はまず米を麹菌によって糖分に変え、 酵母を加えて発酵させるという仕組みが必要。 製法としては、玄米を精米し、蒸して蒸し米を作る、 その一部に麹菌を植え麹を作り、それをもとに酒母を作る、 酒母、蒸し米、水を合わせてもろみを作り、20日ほど寝かせて発酵させる、 約2ヶ月で出来上がり、しぼった酒に火入れをし熟成させる。 昔は一級酒、二級酒と言っていたが、今は製造方法によって いろいろな呼び方をされている。(というより、製造方法そのもの) しぼった後、一切加熱処理(火入れ)をしないものを生酒、 生で貯蔵し、出荷の際加熱処理したものを生貯蔵酒、 吟醸香(フルーティーな香り)を持つ酒を吟醸酒、 これはもろみに風味付けのため醸造アルコール等を添加したもの、 添加せずもろみの低温発酵で吟醸香を着けたものがあり、 早い話「純米」と謳っているもの以外はアルコールが添加されているが、 風味付け、発酵調整、雑味を抑えるなどの意味があり悪いものではない。 「大吟醸」など頭に大や特別が付いているものは精米歩合が高い。 秋の味覚とともに日本酒が美味しい季節になってきましたね。 今のシーズンは、冬に仕込み春に絞った酒を火入れして、半年熟成させ その後は火入れせずに出荷された「ひやおろし」が美味しいでしょう。 (出荷時に再度火入れしたものは「秋上がり」) 同じ銘柄でも「純米大吟醸のひやおろし」とか「吟醸生貯蔵酒」とか それぞれ種類も味わいも違って、色々飲みたくなってしまいますね。 ゆるカフェでもいろいろ取り揃えてお待ちしています。

10月3日 登山の日

日本アルパイン・ガイド協会の重野太肚二氏が発案し、 同協会が1992(平成4)年に制定。 「と(10)ざん(3)」の語呂合せ、というのがちょっと情けないですが、 10月は日本山岳会が発足したという歴史的事実もあり(1905年-明治38年)。 山に登るという行為は、昔は移動のための必然性か宗教目的かでした。 121年ローマ帝国のハドリアヌス帝が朝日を見るためにエトナ山を登頂したのが、 宗教目的以外で記録されている初めての登山。 近代最初の登山は1336年4月26日、イタリアの詩人ペトラルカとその弟による、 フランス、アビニョン近郊のヴァントゥ山登頂。 後日この旅程を友人に手紙で送ったことからペトラルカは登山の父と呼ばれ、 この日を登山の生まれた日としているそうです。 しかし17世紀までヨーロッパで登山は流行らなかったらしい。 19世紀になってイギリス人の間でアルプス登山ブームが起きて、 アルプスの主峰39座のうち、31座の初登は英国人だそうです。 日本では717年に泰澄和尚が開山した白山、 701年に越中(富山県)の国司の息子有頼が開山した立山など、 宗教による開山がほとんど。 宗教目的以外で記録された著名な登山は、安土桃山時代(1584年)12月の 佐々成政による「さらさら越え」(北アルプス越え)。 冬季の積雪期というのがスゴイです。 近代登山の始まりは1874(明治7)年、神戸、六甲山において、 ガウランド、アトキンソン、サトウの三人の外国人パーティによるもの。 ガウランドは槍ヶ岳と前穂高岳に登山してこれらを「日本アルプス」と命名、 サトウは富士山に最初に登った外国人として知られています。 (アーネスト・サトウ-日系人ぽい名前ですが、イギリスの外交官です) 近年、中高年の登山ブームで事故が多いということですが、 体力を過信せず、ルート確認や装備のチェックを怠らず、 無理ない計画を立てればこんなに手軽で健康的なレジャーはありません。 これから山歩きには非常にいい時期、一緒に山に行きませんか?

10月5日 ビートルズがデビューした日
1962年 、イギリスのロックバンド、ビートルズのシングルレコードが 初めて発売された日で、この日がデビューとされている。 曲は『ラブ・ミー・ドゥ/P.S.アイ・ラヴ・ユー』 世界中で最も広く知られ、最も成功したロックバンドで、 貨獲得に大きく貢献したことから、 1965年にエリザベス2世からMBE勲章がメンバーに授与された。 これはロックバンドとしては異例のことである。 1960年代を代表する世界的アイドルとして成功を収める一方、 その音楽性で、以降の音楽シーンに多大な影響を与えることとなった 今でも現代の音楽の金字塔として揺ぎない地位を保っている。 つい最近も、ノイズを取り除いて格段に温室が良くなった「リマスター版」 が発売されて大きな話題になりました。 まさしく「ビートルズは永遠です」

10月6日 役所改革の日

1969(昭和44)年、松戸市役所「すぐやる課」発足を記念して。 昭和40年代、東京のベットタウンとして人口が急増した松戸市は 都市整備が追いつかず、市民からの苦情が殺到した。 その状況を打開するために設置したのが 縦割り行政の枠を超えてすぐ対応する「すぐやる課」でした。 提案したのは松本清市長(当時)。 この方が実は「マツモトキヨシ」の創業者。 アイデア市長がその能力を生かして ドラッグストアの経営に乗り出したのかと思ったら、 もともと薬科大学を出て薬屋(後のマツモトキヨシ)を創業、 成功後、議員になり請われて市長に立候補、当選したそうで、 市長になったあとは無給で働いたとか。 世の議員さんたちも見習って欲しいものです。 松戸市には「松本清記念会館」があるが、 氏の業績を展示とかでなく、それらしいのは石碑だけ、 建物は公民館みたいなものらしい。 1階の定食屋は九州出身のおばちゃんがやっていて、 安くて美味いらしいです。

10月7日 ミステリー記念日
推理小説エドガー・アラン・ポーが亡くなった日。(1849年) 1845年に発表された「モルグ街の殺人」が、世界初の推理小説と言われている。 推理小説は、殺人・盗難等の事件の発生と、 その合理的な解決へ向けての経過を描くもの。 小説以外にも漫画や映画、ゲームなどさまざまなメディアに展開される、 ミステリーというジャンルの元になった。 天才的な探偵、その活躍を語る平凡な人物、 出発点の怪奇性と結末の意外性や、 謎の解決のためのデータを真相までの間に読者に提示、 密室等の不可能犯罪とそれを可能とするトリック、 推理を最終場面で一括して披露する形式など、 実にポーは推理小説の基礎をすべて「モルグ街の殺人」で造り上げた。 ポーは、アメリカ合衆国生れ、生れて間もなく両親を失い、 商人アラン家に引き取られ、幼少期の一時期をロンドンで過ごした。 ヴァージニア大学に進み語学が堪能だったが、放蕩から退学、 その後陸軍入隊、士官学校を経て作家として活動を開始。 文名を得たものの生活はほぼ常に貧窮していた。 作品は本国アメリカ合衆国よりもむしろヨーロッパで評価され、 ボードレールによる翻訳はフランス象徴派の文学観形成に大きく寄与した。 またジュール・ヴェルヌら後世のSF作家にも影響を与えている。 1833年、当時まだ13歳だった従妹ヴァージニアと結婚するが、 1847年に貧苦の中で結核によって彼女を失い、 その2年後にポー自身も謎めいた死を遂た。 酒場で異常な泥酔をし、他人の服を着てレイノルズと叫んでいたそうな。 その生涯も、死も、ミステリー。

10月8日 入れ歯の日 1、0、8(いれば)の語呂合わせから
入れ歯の歴史は5000年近く、ミイラに義歯らしき物があったというのだが これが今で言う入れ歯に当たるのかどうかは、不明。 儀式に使用したり、装飾として使用されていた可能性もある。 スイスの畑から発見された15世紀末の骨でできた義歯が最古らしいが これは実際に装着して食事をするというのは不可能な物、 口にふくんで見栄えを良くするための、美容上の物だった。 近代的な総入れ歯が製作され、装着が成功した例は、 「近世歯科医学の父」と呼ばれるフランス人ピエール・フォーシャールが、 1737年に歯を失った60歳の貴婦人のために作ったものと言われるが、 実は日本にはもっと古い入れ歯が現存している。 1538年(戦国時代)、和歌山の尼僧が使用していた木製の総入れ歯で、 形は現在のものとほとんど同じ、磨り減っている部分があるので、 実際に使用して、物を食べていたことがわかる。 複雑な顎や歯茎の形、歯の形を見事に彫り上げた、 日本人の技術の素晴らしさにはまさに感動もの。 江戸時代にはさらに進化、食紅などを使って、噛みあわせも調節、 また、木の土台に天然歯、象牙、ろう石などを装填したり、 口中医とはっきりと区別された「入れ歯技師」という職業が認知されていて、 庶民にも広く流通、まさに日本は入れ歯先進国だった。 入れ歯に至るには (1)インレー(詰め物) (2)クラウン(かぶせもの) (3)ブリッジ(無くなった歯の両端の歯に連結させて人工の歯を設置) (4)差し歯(歯根に芯を埋め込んで人工の歯を接着) (5)インプラント(歯茎に人口の歯根を埋め込んで差し歯を) という段階があり、それでも駄目な場合に入れ歯になります。 今では素材や技術も開発されていますが、やはり違和感があるもの。 何度も調整し、使い続けて慣れていかないといけません。 できればいつまでも自分の歯を使い続けたいものですね。

10月10日 銭湯の日
江東区の公衆浴場商業協同組合が1991(平成3)年に実施し、 その後全国に広まった。 単なる語呂合せ(せんとお>千十=1010)だけではありません。 10月10日(旧体育の日)は日本初のオリンピックの開催日で これを契機にスポーツをする意欲が高まり、スポーツ人口も増えて、 スポーツ後の入浴や、銭湯での入浴は健康に良いことが実験でも証明され、 スポーツと入浴は密接に関係しているというもっともな理由があります。 また、エコという面からも。 日本の庶民文化である銭湯を利用した、我が国特有の温暖化防止対策で、 家庭のエネルギー消費(入浴1回 1.261kg)が削減されるそう。 また親子のふれあいや、人と人との交流を通じて地域の結びつきを強めるなど、 銭湯はいいことだらけ。 今日はひとつ銭湯に行ってみてはいかがでしょうか。 お得な回数券もあります。(1回450円、10枚4200円) スタジオのすぐ近くにはニュー椿というスーパー銭湯もありますよ。

10月11日 ウインクの日
「10 10」を横に倒すと眉と目の形になることから、 10月10日が目の愛護デーというのはご存じの方も多いと思います。 そこで、「10と11を倒して見ると、ウィンクをしているように見える」 ということから、ウインクの日、だって。 そういうふうに見えますかね? しかも「この日、朝起きた時に相手の名前の文字数だけウィンクをすると、 片思いの人に気持ちが伝わる」というおまじないが、女子高生の間で流行ったとか。 今でも流行っているのでしょうか。 相手のお名前が寿限無だったら、大変なことになりますね。 1990年の初頭に流行ったそうですが、当時の高校生は今30代後半、 ぜひその頃のお話を聞きたいものです。

10月12日 松尾芭蕉が亡くなった日
1694(元禄7)年のことです。 芭蕉忌、また時雨忌とも呼ばれる。 時雨の句をよく詠み、10月の別称が「時雨月」であることから。 伊賀国(現在の三重県伊賀市)の農家の次男だが、 苗字を持つ家柄だったので裕福だったと思われる 若くして伊賀国上野の侍大将に仕え、主人ともども俳諧の道に入った。 主人の死後仕官を退き、江戸に入って職業的な俳諧師となった。 深川に草庵を営んでいたとき、門人から贈られた芭蕉を植えたら、 大いに茂ったので「芭蕉庵」と名付けたのが俳号のいわれ。 しばしば旅に出て紀行文を残したが、そのもっとも有名なものが「奥の細道」。 実はこの行程には謎が多く、芭蕉=忍者、という説があります。 当時40歳過ぎなのに、一日に50キロも歩いていること、 行った先々は外様大名の領地で、偵察、情報収集が必要な場所であること、 また、何ヶ月も旅をできるだけの私財は持ってなかったはず、 そして出身が忍者の故郷、伊賀だったこと、 などなど、真相は不明ですが、色々想像を巡らせるのも楽しいですね。 旅の途中「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という句を残して亡くなりました。 辞世の句と言われていますが、「病中吟」という前置きがあり、 本人は死ぬとは思ってなかったようです。 遺言により、木曾義仲の墓の隣に葬られました。 「秋深き隣は何をする人ぞ」 秋の夜長に一句、いかがでしょうか。

10月13日 麻酔の日
日本麻酔科学会が制定。 1804年、華岡青州が世界で初めて全身麻酔による乳癌手術を成功させた。 華岡青州というと、ご存知「華岡青州の妻」(有吉佐和子)、 映画化もされ、嫁姑の凄まじい確執物語となっておりますが、 実は青州先生は本当に素晴らしいお医者さんで、 20年以上かかって麻酔薬を開発、 世界で初の全身麻酔による乳癌の摘出術を成功させました。 これはアメリカ人医師モートンによるエーテル麻酔の成功に 先立つこと40年余の快挙。 このことは1954年(昭和29年)に国際外科学会で報告され、 その開催地シカゴの国際外科学会の栄誉館には、 青洲が顕彰され、資料が展示されています。 麻酔薬のほかにも各種漢方薬を作り(配合を開発というべきか) 一部は現在も使われています。 また各種手術用具も独自に工夫してあみだしました。 内外合一(外科をするにはまず内科を熟知せよ)、 活物窮理(真理を見極め常に研究する精神をもて) をモットーに、庶民の治療、後人の育成に尽力したそうです。 200年も前に、日本にはこういう方がいたんですねえ。 医師不足や医療問題が多発する昨今、関係方面の方々には、 今一度、青州先生の精神を省みてもらいたいものです。

10月14日 鉄道の日
1872(明治5)年9月12日(新暦10月14日)、 新橋駅〜横浜駅を結んだ日本初の鉄道が開業したことを記念して 1922(大正11)年に「鉄道記念日」として制定された。 なお、現在の新橋駅ではなく、汐留貨物駅のこと(現在廃止) また現在の横浜駅ではなく、根岸線桜木町駅のことである。 1994(平成6)年に「鉄道の日」と改称、民間鉄道も巻き込んだ記念日となった。 これに合わせて各鉄道会社は乗り放題などの記念乗車券の販売や、 車両基地での鉄道車両の展示、廃車発生品(吊り革、方向幕など)グッズ即売 等のさまざまなイベントを開催している。 2000年に体育の日が10日から第2月曜日に変更、3連休が設定されたことにより、 イベントは必ずしも14日に行われるとは限らなくなった。 14日が3連休に絡む組み合わせは、12、13、14(土日月)の一つしかなく、 まさに今年限り、全国各地さまざまなイベントで盛り上がっている。 さて、スタジオフォーで鉄道と言えば四の日昼席、古今亭駒次の鉄道落語。 次回は11月4日でちょうど祝日、また鉄ネタでお待ちしています。 10月15日 グレゴリオ暦が施行された日 
1582年 それまでの暦はローマの独裁官ユリウス・カエサルが制定したユリウス暦。 平年が365日、閏年が366日で、3平年をした後に1年閏年を置くものだったが、 まもなく暗殺されてしまったため誤解が生じ、3年に1度閏年を置いてしまった。 この誤りに気付いたローマ初代皇帝アウグストゥスは、 しばらくの間閏年を省略して暦のずれを調整、西暦8年から正しく運用された。 しかし、ユリウス暦では128年に1日の割合で季節とずれることになり 1500年頃には復活祭の日取りを決めるのに重要な日である 春分の日が3月11日頃に来るようになってしまった。 そこでローマ法王グレゴリウス13世は、暦を改訂、 4で割り切れる年の中で100で割り切れて400で割り切れない年は平年とし、 ずれは3000年に1日で済むようになった。 そして、それと合わせて今までの1500年分のずれをいっきに解消するために 日付を10日飛ばし、10月4日の翌日を10月15日にした。 この時代は宗教改革後のカトリックとプロテスタント対立時期だったため、 プロテスタント国ではかなり長い間採用されなかった。 そのためこのあと数百年間、国によって日付が違うという困った状態が続いた。 日本でも、渋川春海という人が季節と暦のずれを解消するため、 天文観測により独自の暦を作って、今映画で話題になってます。(天地明察) 日本におけるグレゴリオ暦採用は明治5年、 なんと12月2日の翌日を明治6年1月1日にしてしまったという荒業。 急に決めたので暦を作っていた会社が大損したとか。 これは役人の給料支払いを節約するためだったらしいです。 12月の、3日以降誕生日の人はかわいそうでしたね。

10月17日 貯蓄の日
日本銀行貯蓄増強中央委員会が1952(昭和27)年に制定。 その年に収穫された穀物で作ったお酒や米などを、 感謝の気持ちを込めてまつる神嘗(かんなめ)祭にちなむ。 勤労の収穫であるお金を無駄遣いせずに大切にしようという意味。 この祭りは伊勢神宮の最重要行事で「神宮の正月」とも言われます。 これに合わせて御装束・祭器具を一新し、 祭りが終わるまで新穀を口にしないそうで、戦前は祝日になっていました。 なお、11月23日には今度は宮中で天皇が新穀を神に捧げる新嘗祭があり、 こちらは現在、勤労感謝の日になっています。 貯蓄の目的は高額商品購入、不意の支出、収入が途絶えた時の用心など。 今はローンで購入したり、いざという時はサラ金で借りたりもできますが、 貯蓄があればムダな利息を払わなくてすみます。 一般的に、年収2年分の貯蓄があれば安心と言われていますが、 30代男性の平均値は平成18年で461万円、 そこそこな気もしますが、2年分には足りませんね。 働かなくても生活できる最低貯蓄高は30歳の独身男性で1億3000万円、 (80歳まで生きるとして) 一回宝くじに当たれば一生青んで暮らせるのかと思うと、 なんだそんなものかとも思いますが、貯蓄ではとてもそこまでできませんよ。 現在全く貯蓄のない人がこれから始める場合、 毎月何万円かを給料日に即別の銀行の口座に移動し、 そこは絶対に手を付けないようにしておいて、 残高がまとまったら3〜4割程度を定期預金などに移すといいそうですが、 その前に絶対手をつけてしまいそうです。

10月18日 冷凍食品の日
日本冷凍食品協会が1986(昭和61)年に制定。 10月は冷凍の「とう(10)」から。 18日は、-18℃以下に保てば冷凍食品の品質を1年間維持できることから。 食慾の秋でもあることから、冷凍食品の販売促進のためのPRが行われる。 オリジナルキャラクターのレイミー、とお太が新聞広告などで広く周知を図っている。 て、そんなキャラクター知ってましたか? 食糧の保存法は古来より人々が知恵を絞って工夫してきました。 乾燥、塩漬けなどさまざまありますが、冷凍保存というものは 寒い地方の人たちによって考えられたものでしょう。 日本で冷凍食品が普及するのは、冷蔵庫が普及する昭和40年代以降、 そして急速に発展したのは電子レンジが登場してからじゃないでしょうか。 ハンバーグやスパゲッティやケーキなどの完成品、 素材ではミックスベジタブルなどの野菜、肉、魚、など 今ではほとんどの種類の冷凍食品があって生活に密着しています。 しかし食欲の秋というのは新鮮な実りの季節だからで、 冷凍食品とはちょっと違うと思うんですが、いかがでしょうか。

10月19日 日ソ国交回復の日
1956(昭和31)年、日本の鳩山一郎首相とソ連のブルガーニン首相が 「日ソ国交回復の共同宣言(日ソ共同宣言)」に調印した. ソ連はサンフランシスコ平和条約に調印しておらず、 戦争が続いたままといった状態で、北方領土問題で激しく対立、 領土問題は棚上げにされたままとなった。 鳩山首相のおじいちゃんですよ。 なので鳩山サンはロシアでは有名なんだとか。 おじいちゃんがやりのこした問題(北方領土)は 解決できるのでしょうか。 あ、ひと(政治家)任せではいけませんよね、やっぱ。 自分の国のことなんだから、もっと自分で考えなければ、 ということがやっとわかっただけでも、 今度の政権交代は良かったかも。

10月20日 リサイクルの日
日本リサイクルネットワーク会議が1990(平成2)年に制定。 豊島区を始め、東京のいくつかの区では10月から ゴミの収集基準が大幅に変わりました。 分別回収を徹底、リサイクルできないものは極力燃やす、 燃やせないもの(金属、陶器など)のみ、不燃物として回収。 (→埋め立て) 分別回収されたものはそれぞれいろいろリサイクルされているようですが、 たとえば古紙を再生する場合、その過程で大量の水やエネルギーを使うわけで、 それって本当に環境にいいことなんだろうか。 賞味期限の切れた食品を廃棄せず堆肥にするのがエコである、とか、 そんなことより廃棄そのものを減らすなど、 何かもっと根本的なことを考え直さなくては いけないんじゃないかと思ったりします。 しかし「ひとまわり(10)、ふたまわり(20)」の 語呂合せで決まったというこの記念日、 それ自体が何かリサイクルっぽいのは気のせい?

10月21日 国際反戦デー
1966(昭和41)年のこの日、日本労働組合総評議会(総評)が アメリカ軍のベトナム戦争介入に反対して「ベトナム反戦統一スト」を実施、 全世界の労働団体、反戦団体にもベトナム戦争反対を呼びかけた。 世界デーとなったのは、サルトルが「労組初の反戦スト」と讃えたことから。 2年後のこの日、労組等の既成左翼を批判した新左翼は大規模な街頭闘争を計画、 新宿を中心に各地で機動隊と衝突し、多数の逮捕者を出した。(新宿騒乱) なお、現都知事の猪瀬直樹氏は当時信州大学全共闘議長で、 学生運動の主力部隊を率いて上京し闘争に参加していたそうだ。 さて、それから半世紀近くたっても、戦争はなくならないどころか、 さまざまに姿形を変えて世界中に広がってきています。 今こそ本当に「国際反戦デー」が必要ではないかと思いますが 学生運動、労働運動の衰退とともにほとんど話題に上らなくなっています。 まあ庶民は生活が大変で、世界平和なんて考える余裕ないのが普通ですね。 でもまず足元の平和について考えてみる、というのはいかがでしょうか。 米軍基地とか、日米地位協定とか、自衛隊とか、実は案外何も知らなくて、 気づいた時には足元の平和も壊れてしまった、てことにならないように。 また、この日は奇しくも第二次大戦末期、第一回学徒出陣壮行会が 明治神宮外苑競技場で開かれた日でもあります。(1943年) 兵力不足を補うため、文科系大学生を在学途中で徴兵し出征させたもので、 今の平和はこういう方々の犠牲の上にあることを忘れてはいけませんね。

10月22日 平安京遷都の日
672年、天智天皇亡き後、その弟と子による勢力争い「壬申の乱」が勃発、 弟が勝利して天武天皇となり、長くその系統が皇位を継いだ。 天武以前、都は天皇の居住地という位置づけで交代するたび変わったが、 (孝徳→難波、天智→大津、天武→飛鳥) 天武天皇は計画的で安定した都市の建設を目指した。 死後24年、3代後にようやく平城京が完成、奈良時代が始まったが、 天武の系統はその後途絶え、天智天皇の孫、光仁天皇が即位。 その後を継いだ光仁の子桓武天皇は、天武系が勢力をふるう平城京を脱し、 天智系の都を作るため、新たな都「長岡京」の建設に取り掛かかる。 反対勢力を削ぐため、淀川で通じた難波宮を移築し半年で建設して遷都。 しかし、弟を謀反の疑いで流罪にすると、その死後、 飢饉、疫病の大流行、川の氾濫、皇后や皇太子の発病など様々な変事が。 これは弟親王のたたりであるという占いが出て、 僅か10年で平安京へ再び遷都することとなった。 平安京は風水に基づき計画、至る所に祟りを封じ込める策を施してあるらしい。 日本史で覚えましたね、鳴くよ(794)ウグイス平安京。 さて、その後鎌倉、室町、江戸と幕府は変われども 京は日本の都だったわけですが、明治以降はどうなったんでしょう。 明治維新はその名の通り、これまでの武士による支配ではなく、 明治天皇が自ら政治をつかさどるという、平安時代以来の大転換。、 当時の政治家、大久保利通は新しい国家を確立するため大阪遷都を主張し、 天皇は実際に一か月あまり大阪に滞在しています。 しかしこれは京都の保守勢力の猛反発を招き、廃案。 これに乗じて、名古屋遷都を画策するものまで現われたそうな。 その後、徳川家が江戸城を明け渡し駿府に下ったため、 江戸を東の京「東京」とし東京城として天皇の住まいとなりましたが、 実は東京への遷都の宣言は一度もなされていません。 だから都は京都のまま、天皇は「いまだに東国へ旅行されている」 という状態なんだそうですよ。

10月24日  国連デー
国際デーの一つ。1948(昭和23)年から実施。 1945(昭和20)年のこの日、国連憲章が発効し、国際連合が発足した。 ソ連の国際連合憲章への批准により、 発効に必要な20か国の批准が得られたため。 敗戦国日本は、その10年後、1956(昭和31)年に加入が認められた。 1971(昭和46)年の国連総会で、国連加盟国はこの日を 公的な休日として記念するよう勧告されたが、日本は休日ではありません。 というか、この日が休日になっている国はほとんどないような。。 国連の力のなさを物語るような気もしますが、 それはともかく国連加盟と国際社会への認知はほぼ同義語となっており、 2011年現在で193ヶ国が参加しています。 世界情勢は独立や分裂などでめまぐるしく変化しており、 いったい世界にいくつの国があるのかわかんないくらいですね。 つい最近も、南スーダンという国が新しく誕生しました。 日本と国交があるのは195ヶ国、 国交もなく国連にも加盟してない国は、バチカン市国、台湾(中華民国)、 パレスチナ(暫定自治政府)、沿ドニエストル共和国など。 北朝鮮は国連加盟国ですが、日本は独立国として承認していません。 いろんな国があって国民がいて、考え方や宗教や利害が違うのは仕方のないことですが、 争いのない世界になって欲しいものです。

10月25日 世界パスタデー
1995(平成7)年のこの日、イタリアで世界パスタ会議が開催され、 イタリアを中心にパスタの販売促進キャンペーンを行っている。 パスタとはイタリア料理で使われる小麦を加工した食品全般を指し、 広義では粉物全般(パン、ケーキ及びそれらの生地など)も含まれる。 イタリアでは、パスタに使う小麦はデュラムセモリナ100%でなければならないと 法律により決められているそうだ。 デュラムは小麦の種類で、硬いという意味、、セモリナは「あら挽き」だそうで 普通小麦(パン小麦)と比較して黄色みが強く、たんぱく質が多いのが特徴。 18世紀初めまでは、スパゲッティは民衆の食べもので、 チーズだけをかけて手で頭上にかざして下から食ていた。 1770年代、スパゲッティが好きだったナポリ国王は宮廷で毎日食べたがったが、 民衆の食べ方では宮廷の晩餐にふさわしくないということで、 それまで食事の取り分け用だったフォークを、食器用として使うこととし、 安全でスパゲッティがうまくからむ様に先を短く四本にしたフォークが考案された。 考案したのは工学博士チェーザレ・スパダッチーニで、 他にも簡単な機械式のパスタ製造機を発明したらしい。 スパゲッティみたいな名前が嘘っぽいですが、実在の人物のようです。 一人あたりのパスタ消費量は、当然イタリアが1位、国別では米国。 しかし、味へのこだわりは日本は「イタリアの21番目の州」と言われるほど、 イタリア人以外で「アルデンテ」を理解できるのは日本人だけらしい。 しかもタラコやしょうゆ味など、日本の素材や味付けを加えた 「和風スパゲティ」という新しいカテゴリーを生み出すなど、 独自の発展も遂げています。 安価でいろんな味を楽しめて、今では日本の食卓にはかかせませんね。 キノコや新鮮な魚介などで秋のパスタなどいかがでしょうか。 もっともキノコは今ではほとんどが工場生産のようですが。

10月26日 原子力の日
1964年、科学技術庁(現在の文部科学省)は、 政府が原子力予算を計上してから、十年目に当たるのを記念し、 日本初の原子力発電試験に成功した本日を「原子力の日」と制定。 また、1956(昭和31)年のこの日には日本が国際原子力機関(IAEA)に加盟した。 日本における原子力発電の割合は約3割。 10年後には5割を超えるという見通しもあります。 クリーンで安全と言われ続けた原子力発電も、 チェルノブイリや東海村の事故、 地震による破損など、安全性に疑問も出てきました。 また、使用済燃料や汚染物質の処理など、 想定外のさまざまな問題も出てきています。 しかし石炭や石油だけではもう増大するエネルギー需要を賄えず、 太陽光や風力などの自然エネルギーはまだまだコストが高い。 どうすべきか、一人ひとりが考えていかなければならないことかもしれません。

10月27日 テディベアズ・デー
テディベアの名前の由来となった米大統領、 セオドア・ルーズベルトの誕生日。 心の支えを必要とする人たちにテディベアを 贈る運動が行われている。 ある時、ルーズベルト大統領は熊狩りに出掛けたが不猟、 同行していたハンターが、追いつめた小熊のとどめを大統領に譲ったが、 瀕死の小熊を撃つのはスポーツマン精神に反するとして撃たなかった。 このことが「ワシントンポスト紙」漫画で掲載され大人気、 翌年、ニューヨークのおもちゃメーカーが熊のぬいぐるみに、 大統領の愛称「テディ」と名づけて大人気になりました。 ほとんど同時期、ドイツのシュタイフ社は、 ふかふかの上等のモヘア生地を使い、手足と首が自由に動くという、 当時としては画期的なの熊のぬいぐるみを発売、大量にアメリカに輸入され、 それがその後「テディベア」として定着しました。 ところでなぜテディベアが心の支えなのか? 欧米の子どもは自立心を養うため、小さい頃から 個室で一人寝かせられていますが、 その心細さを癒すためテディベアが与えられているようです。 病気や災害に遭った子どもや刑務所の収容者の癒しにも使われ、 効果を上げているようです。 ということで皆様もひとついかがですか?テディベア。 調べてみたら日本中にこんなにたくさんありました。 テディベア博物館、美術館。 山中湖、蓼科、伊豆、箱根、那須、伊香保、 長崎(ハウステンボス)、飛騨高山、神戸、富良野、、、 うーん、日本は子どもが一人で個室で寝るという文化はないのに、 それでもテディベアは癒しなのか、私にはよくわかりませんが。

10月28日 速記記念日
速記とは特殊な符合で話し言葉をそのままそのスピードで書き写す技法。 起源は古代ローマ以前、ギリシアで速記碑文が発見されている。 当時の速記は知的奴隷の仕事で、満足にできなかったり、 禁止された演説を速記したら、指や手を切り落とされたらしい。 各国それぞれの言葉の速記が発明、使用されていたが、日本では、 田鎖綱紀(たくさりこうき)が、カーライル博士に教わった英語の速記文字から 日本語の速記化を思いつき、各国の速記を参考に独力で編み出した。 1882(明治15)年のこの日、初の速記講習会を開催 講習会7周年記念会時に「速記記念日」として定めた。 速記は国会議事録へ採用され、1890年(明治23年)の第1回帝国議会から、 議事録が、田鎖ら講習会生の速記により作成された。 発明以来、議会や裁判記録として必要とされ、速記官の養成もされていたが、 1997年に養成は廃止、レコーダーによる記録に取って代わられた。 発明者の田鎖は江戸末期盛岡の生れ、維新後上京し 大学南校(現東京大学)で学び、語学、測量学に秀でていた。 その速記の速さから「電筆将軍」と呼ばれていたそうだ。 落語ファンとしては、速記と言えば園朝の速記本ですね。 園朝は落語が上手すぎて師匠連中からねたまれ、 持ちネタを先に演じられて、やむなく新作を作るようになったとか。 真景累ヶ淵、牡丹灯籠、文七元結、芝浜、鰍沢、黄金餅、死神、心眼など 名作の数々が今も残っているのは、速記があってこそのものなのですね。

10月29日 エドムンド・ハレーが生まれた日(ハレー彗星発見者) 
1656年ロンドンの裕福な石鹸製造業者の子供として生まれオックスフォード大学へ。 卒業後2年間、南大西洋のセントヘレナ島で南半球の恒星を観察、研究、 「南天星表」を発表して高い評価を得、王立協会会員となった。 その後、月の観測や重力の問題に取り組んでいたが、 ケプラーの惑星運動についてニュートンと議論を交わしたところ、 彼がすでにこの問題を証明しているがまだ発表していないことを知り、 ぜひ発表するよう働きかけ、出版の経費もハレーが負担した。 これが物理学の古典的名著「自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)」。 また、太陽熱が大気運動の原因であることを指摘、 気圧と海抜高度の関係を初めて明らかにした。 1682年にハレー自身が彗星を観測、過去の記録と照らし合わせ、 この彗星が軌道を持ち一定の周期で現れることを予測、 その通りに観測されたため、これがハレー彗星と名付けられた。 これは惑星以外で太陽系を公転する天体が初めて確認された例となった。 日本では1910年にハレー彗星が現れた時、空気が5分間無くなるという噂が。 その間空気を吸うために自転車のチューブが飛ぶように売れたらしい。 ハレーは実に色んな研究や発見をしましたが、何と終身年金に関する研究も。 住民の詳細な死亡記録に基づき、死亡年齢の統計的解析を行ったんですが、 これによってイギリス政府は、年齢に応じた適切な年金サービスを 供給することができるようになりました。 今の日本に生きていてくれたらなあと思いますが、 いくら良い研究をしてもそれを生かす政治がなければダメなんでしょうね。 ハレー彗星の出現、前回は1986年、次回は2061年だそうです。

10月31日 ハロウィン
いったい、何なんでしょう。 いつの間にか広まったキリスト教の仮装大会? 本日は、もともとヨーロッパ原住民ケルト族の収穫感謝祭の日で、 この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられて、 これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚火を焚いていたそう。 まあ早い話が、西洋のお盆ですよ。 それが翌日のキリスト教の祝日「万聖節(All Hallows)」と結びつき、 その前夜祭(eve)として(Hallows-eve→Halloween)広まりました。 万聖節とは全ての聖人と殉教者を記念する、カトリックの祝日です。 なのでキリスト教といっても、プロテスタントの国アメリカでは 宗教行事は全く行われす、単なるお祭りになっているようです。 本来のプロテスタント由来の行事ではないため、一部の教会や学校では ハロウィンをしないように、というお達しも出るとか、 ロシア正教会では、死のカルトだと批判しているとか、 反対にカトリックの国々(ラテン系諸国)では翌日の万聖節が重視され、 ハロウィンは普及してないとか、お国柄で様々です。 ともあれ、宗教行事ではなく単なる大衆文化だったみたいで、 いったいいつから日本で大々的にイベント化したのかと思ったら、 どうも東京ディニーランドの策略のようです。 20年前にはアメリカでパーティー会場を間違えた日本人留学生が、 「フリーズ!」の意味が分からず射殺された事件もありましたね。 昨日は仮装したドレスに火が付き、女性が大やけどしたとか。 バカ騒ぎして暴れてもいい日、みたいな誤解もありますが、 なんだかもうちょっと国産品(お盆とか、先々週紹介した神嘗祭とか)を 愛用しようじゃないかと、50も半ばのオバサンは思ったりするんですけど、 まあ単に仮装で大騒ぎにはついていけないってことですかね。


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